【ドイツ】ライプツィヒの地ビール4選

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Germany

ドイツと言えば、言わずと知れたビール大国の1つ。

国民1人当たりのビール消費量は、世界第7位。
*2023年実績

ちなみに、1位は30年以上連続でチェコ。日本はと言うと、56位で中ほどに位置する。

ドイツビールと言えば、ヴァイツェン、ケルシュ、ラオホ、へレスなどが有名で、国内には1300以上もの醸造所が点在するのだとか。

ミュンヘンやケルンと違ってライプツィヒはビールで有名とは決して言えないけれど、ライプツィヒにもご当地ビールなるものがあるので飲んでみた!

Gose(ゴーゼ)


Original Leipziger Gose

バイエリッシャー駅にある醸造所『Bayerischer Bahnhof』の、ライプツィヒを代表するビール。

塩やコリアンダーなどの薬草を用い、ビールにしては珍しい乳酸菌発酵で、酸味が特徴的。

ゴーゼの発祥は、10世紀頃のゴスラーだと言われている。ゴスラーの近郊にはランメルスベルク鉱山があり、ローマ時代から採掘が行われていた。多量に汗をかく鉱山労働者にとって必要な、塩分、ミネラル分と水分を補うためにゴーゼが開発されたのではないかと言われている。

ゴーゼは乳酸菌を含むため、飲みなれていない者には下痢を引き起こしていたようで、18世紀に刊行されたドイツビールの博物誌にはその旨の注意書きがある。

上記のようにゴーゼは副原料を使用しているためビール純粋令に反する。このためゴーゼはゴスラーにおいて公には醸造することができなかったが、東西ドイツ分割時代には、東ドイツ領だったライプツィヒがビール純粋令適用外の地域だったので醸造技術を受け継ぐことができた。

東西ドイツ統一後は旧東ドイツ領にもビール純粋令が適用されるようになり、表立ってゴーゼの販売できなくなったが、1993年に欧州共同体(EC)発足に際して、ビール純粋令が非関税障壁と判断され効力を失ったため、ライプツィヒを中心に、いくつかの醸造所でゴーゼは醸造、販売されるようになった。

*wikipediaより引用

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Thomaskirche Pils(トーマス教会ピルスナー)


Thomaskirche Pils

音楽家バッハの眠るトーマス教会の向かいにある醸造所『Brauhaus an der Thomaskirche』のピルスナー。

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Ur-Krostitzer(ウーァ・クロスティッツァー)


Ur-Krostitzer Feinherbes Pilsner

ライプツィヒ近郊の町、クロスティッツにある『Ur-Krostitzer醸造所』の、黄金色に輝くピルスナー。スッキリ・しっかりでバランスが良い。

ラベルの兵士がインパクト大。遡ること1632年の三十年戦争時代、ライプツィヒ進軍中にクロスティッツを通過したスウェーデン王の肖像なんだとか。

1534年創業の醸造所のビールに間違いはない!!!

ちなみに、サッカーの RB Leipzig ホームゲームのビールはこれ。

醸造権は1534年にゲオルク公爵がクロスティッツ騎士領のハンス・ヴァールに与えたものである。1738年、琥珀ビール(ドイツ語版)の販売が行われ、1803年にはさらに強ビールと弱ビールが醸造された。1867年から1876年まで醸造所とMälzerei(ドイツ語版)が新たに建てられ、1894年から1899年にかけて設備のさらなる近代化が進んだ。

ビールの売れ行きは、連続的に向上しており、1899年には約900万リットルに達し、その当時200人の従業員が働いていた。ライプツィヒでは、「クロスティッツァー・ラガービール」、「ドゥンケル」ビール、「ボヘミア風」ビール、季節に応じて「ボック」ビールや「メルツェンビール」などを扱う84件のレストランと110件のビール屋があった。

1904年に初めて「ウーァ・クロスティッツァー」の名称が用いられた。

東ドイツ時代には国有化されていたが、1990年にクロスティッツァー醸造所はフランクフルト・アム・マインにある合資会社ラーデベルガー・グループ(ドイツ語版)の一部になり、それ以来、多くの設備の新築・改築・近代化が行われた。

今日では、クロスティッツァーに古くから伝わるビールマニュアルに従って、黒ビールと、繊細でドライなピルスナーを製造している。

現在では112人の従業員が働いており、3,740万リットルのビールを生産し、約2,600件の飲食店に配達している

*wikipediaより引用

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Sternquell(シュテルンケル)


Sternquell Pils

ライプツィヒの南、チェコとの国境に近い町プラウエンにある『Sternquell醸造所』のピルスナー。

シュテルンケル醸造所は、クルムバッハ醸造所の傘下でパウラナー醸造所グループにも属しています。

1838年、プラウエンには醸造権を持つ185の醸造所があり、プラウエンとその周辺地域(いわゆる「ビアマイル」内)のビール需要を満たす責任を負っていました。これが不可能な場合は、ホーフなどの遠方の都市からビールを輸入することができました。ビール需要の高まりに対応し、それに伴うバイエルンビールやヒルシュベルクビールの輸入に対抗するため、 1857年10月23日、シラタール渓谷のシュテルンケル醸造所跡地に株式会社醸造所が設立されました。この醸造所は今日も存在しています。200人以上の醸造権を持つ自家醸造家が、株式会社醸造所協会の創設メンバーとして活躍しました。

20世紀初頭、ビールの年間生産量は着実に増加し、1910年には12万ヘクトリットルに達しました。その後、醸造所は二度の世界大戦と世界恐慌による政治的混乱に見舞われ、1945年には醸造活動を完全に停止せざるを得ませんでした。

戦後、ソ連占領下で国有化され、シュテルンケル醸造所プラウエンに改名されました。シュテルンケルビールの最初の製造は1949年に行われました。

醸造所は1950年代に最盛期を迎えました。初期の投資は品質の向上に貢献し、今日でも知られるシュテルンケル・ピルスナーが誕生しました。その後数年間で、シュテルンケル醸造所はカール=マルクス=シュタット地区最大の醸造所へと発展しました。

1990年の再民営化の一環として、シュテルンクエル・ブラウライ有限会社が設立され、 1990年10月にクルムバッハ・ブラウライ(当時はまだライヒェルブロイとして営業していた)に買収され、100%子会社となった。クルムバッハはパウラナー醸造グループが過半数の株式を所有しており、同社自身の発表によると、同グループは63.8%の株式を保有している。シュテルンクエルブランドは、ザクセン州、テューリンゲン州、ザクセン=アンハルト州、南ブランデンブルク州の販売地域で定着している。ニールセンのデータによると、シュテルンクエルは2021年度にザクセン州で6番目に人気のあるビールブランドであった。

2016年8月まで、シュテルンクエルビールはプラウエンのドーベナウ通りで醸造されていました。近代的な物流ニーズに対応し、市内中心部のスペース制約を克服するため、プラウエン・ノイエンザルツ工業団地内の東端、 A72高速道路に隣接する場所に新たな社屋が建設されました。現在、この場所には、ボトリング工場、醸造所、出荷センターなどが入居しています。管理事務所は、プラウエンのシラタールにある元の場所に残されています。

この醸造所は現在、年間約50万ヘクトリットルのビールを生産しています。生産の中心は伝統的にピルスナーです。

*wikipediaより引用

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